Home > 小説『神々の黄昏』 > 第一章:黒き悪夢の呪縛 > 第十五話:アートハルクの幻影
ロクラン王宮と王族の警護を務める近衛隊隊長は、えらく浮かれた足取りで廊下を歩いていた。さきほどアスターシャ王女の従姉妹にあたるセレン・ワルトハイム・イ・メリデーラが彼を訪ねてきて、自分と交際を続けてくれるという約束をしてくれたからだった。
ワルトハイム・イ・メリデーラ家はワルトハイムの分家のひとつとはいえ、ハイファミリー中のハイファミリー。ロクラン王家ともゆかりが深い。その娘と結婚するといったことにでもなれば、自分はしがない上級公務員から一躍ハイファミリーの仲間入りだ。彼の短絡的な頭の中では、そんなドラマティックな夢が展開していた。
セレン嬢は交際することを伝えに来ただけでなく、ある「お願い」というのも携えてきた。大した内容ではなかったが、王宮の庭園の隅にある、汎大陸戦争時代に作られたといわれる堅牢な地下シェルターの前に、歩哨を立たせるのを今日だけ中止してほしいとのことだった。あの地下シェルターはたいへん堅牢だがさすがに古く、客人や侍女の子どもたちが過って入り込まないように、常に近衛兵をひとり歩哨につけていたのだった。が、今日は王女の話し相手にある少女が招かれることになっており、庭を散策するのに近衛兵が立っているのは不審がられるからと、王女がセレンに伝えたということだった。
まぁ二、三時間程度なら歩哨に立たなくても問題はあるまい。王女の命令なら、あそこに歩哨が立っていないのを王に見とがめられてもこちらに非があるわけではない。それに、あんな危険な場所にわざわざ入り込むようなマネをする人間がいまさらいるとは思えない。
近衛隊長は自分の執務室に入るなり、制服にブラシをかけたり、髪型を何度も整えたりして、鏡に映る自分の姿を見ながら、セレン嬢がこの部屋にやってくるのを待ちかまえていた。
「以上が最近の動向だが、これ以外に何か討議すべきことは?」
王は円卓に顔を並べる顧問官のひとりひとりを見つめながらそう言った。軍事顧問のひとりであるロクラン国軍司令官アーノルド・メリフィスが挙手をし、いかにも軍人らしく起立して敬礼をしてから着席した。
「ここ一年あまりの間、アートハルク帝国の残党どもがやけに静かなのはご存じでしたか」
メリフィス司令官は一同の表情をうかがうように見回し、特に意見がないようなので先を続けた。しかし大僧正は、アートハルクの話題が出るたびに聞かされる親友の醜聞が、またしてもここで蒸し返されるのかと思い、密かに顔をしかめた。
「みなさんも覚えておいででしょう。五年前、アートハルクが突然強大な軍事国家となって侵略戦争を引き起こしたことを。しかし、あわや汎大陸戦争の二の舞になるというところでアートハルク帝国は壊滅し、ことなきを得たわけですが」
メリフィスはちらりと大僧正を横目で見た。その視線も大僧正には慣れっこのものだった。
「銀嶺王ダフニスのもとで戦っていたアートハルクの残党どもは、それから何年も徒党を組み、我々に脅威をもたらしていた。もちろん、強奪やテロなどの取るに足らない犯罪でしたが」
「徒党を組んで強奪したりテロ行為をするのが取るに足らないことかね」
ロクランの司法省をたばねるスプリングフィールド司法長官が口を挟んだ。彼はどんなちっぽけな犯罪行為でも厳しく取り締まる、強硬派の人物であった。もちろん、罪を憎んで人を憎まずの姿勢で人権を特に尊重しているのであったが、外から見れば融通の利かない性悪説者にしか見えない。軍部が基本的人権を無視して軍事行動に出ていることをかねてから激しく批判しているせいか、とくにメリフィスのいうことには揚げ足取りよろしくつっかかるのであった。当のメリフィスはスプリングフィールドの言いがかりにも慣れているので、
「国家がほかの国家を侵略するという犯罪行為に比べればましですよ」
と、小さく肩をすくめて軽くかわすだけだ。もちろん「国家が国家を侵略する犯罪行為」というのは、スプリングフィールド司法長官のいつもの台詞をマネしたものだ。司法長官はいまいましげにうなり、身振りで先を続けるように促した。
「『残党狩り』は、中央諸世界連合の監視のもと、厳しく行われてきました。それでも彼らはどこからか現れててはゲリラ戦のようなことをやってのけたり、無差別なテロ行為を行ってきた。狩っても狩ってもきりがなかったわけです。ところが、この一年あまり、やつらの噂はみじんも聞かない」
「カミさん連中がみんな臨月を迎えたのかもしれんな。でなきゃ子どもの受験かもしれん」
こう言ったのは財務長官のチェレンコフだ。一同から笑い声が漏れる。でっぷり太っていかにもという風貌をしているのだが、ひょうひょうとしていて、ユーモアのかたまりのような人物であった。議論が白熱して収集がつかなくなったとき、こういった下劣な冗談で場を落ち着かせるのが彼の役割でもあった。ときにイライラさせられることもあるのだが。
「ダフニス皇帝が亡くなり、国がなくなってもなお活動を続けていた連中ですぞ?」
メリフィス司令官はチェレンコフ財務長官をにらみながらそう言った。
「では、メリフィス殿はやつらがこの一年何をしているとお考えか」
ロクラン王が尋ねた。メリフィスは待ってましたとばかりに唇をなめた。
「アートハルク帝国再建の準備です」
一同はさざめき、お互いの顔を見合わせた。メリフィスは席を立ち上がると、小議事堂の前方に掲げられた世界地図を指さしながら話を始めた。
「当時アートハルクは、アジェンタス騎士団領、レイアムラント王国、デリフィウス国、そしてグレナダ公国と軍事的同盟を結んでいた。このうち、アジェンタス騎士団領とグレナダ公国は、アートハルクが侵略を戦争を引き起こしてからは中央諸世界評議会にてこの同盟を解消しているが、レイアムラントとデリフィウスは最後までアートハルク帝国と行動をともにし、戦争が終結してからは現在でも中央諸世界連合憲章の敵国条項に残る仮想敵国となっています。ところが、先日はこのレイアムラントとデリフィウスが突然中央諸世界連合から離反した。そして、先日はグレナダ公国が内乱によって瓦解。これをみなさんはどう受け止めておられるか?」
「いくらなんでもすべての事象をこじつけすぎやしないかね、メリフィス司令官? それではまるで、アートハルクの残党どもが、かつての同盟を復活させようとしているようではないか」
チェレンコフ財務長官がそう言った。メリフィスも頷き、
「おっしゃるとおりにこじつけかもしれません。しかし、偶然でここまで状況が五年前と似かよることはあり得ますか? アートハルクが同盟を結んでいたのは、アジェンタスをのぞけば、辺境の弱小国であるレイアムラントとデリフィウス、新興国のグレナダという非常に小さな国ばかり。彼らは、中央諸世界連合の保護の届かない貧しい国々を団結させ、新しい連合を作るつもりだった。違いますか?」
「では、仮にやつらが帝国再建の準備をしているとしよう。次に問題が発生するとすればアジェンタス騎士団領だというのかね?」
スプリングフィールド司法長官が尋ねた。
「おそらく。アジェンタスはアートハルクから最も近い。アジェンタスはここロクランからも近いとすれば、我々も軍備を増強しておくべきでしょう」
メリフィスの言葉に、スプリングフィールドは再びうなった。兵力増強は彼の信念にもとるからだ。
「僭越ながら、王、発言を許可していただけますか」
挙手をしてここで初めて発言をしたのは、眼鏡をかけた小柄でまじめそうな青年だった。彼はフィリップ・ハートマンといい、中央諸世界連合からロクラン王国に派遣されている臨時顧問官だった。
王が無言で頷いたので、ハートマン顧問官は手元の書類を見ながら話を始めた。
「実は先日、中央諸世界連合はアジェンタス騎士団領ガラハド提督より、アジェンタス内部で古代の術法を使った邪悪な儀式が行われているとの報告を受け取っています。提督閣下はアジェンタス騎士団だけで解決するつもりでおられるようですが、万が一のためにということで、中央諸世界評議会宛にワルトハイム将軍の協力を要請しています」
「ラファエラに要請を頼むとは、ガラハド提督にしてはめずらしく手に余る事件と見える」
王は腕組みをしながらそう答えると、ハートマンも頷き、
「イーシュ・ラミナの使う邪悪な術法ということで、閣下も慎重になっているようです。今日、中央諸世界評議会から術法の専門家を何人かアジェンタスに派遣しました」
大僧正は何かひらめいたように身を起こす。古代の邪悪な術法……? アートハルク帝国ダフニスは、確かあの書物を手に入れていたはずだ。
「……『神の黙示録』……!」
大僧正がうめいたので、まわりはいっせいに大僧正を見つめた。大僧正はあえぐように王を見つめ、
「用心めされよ。確か五年前、銀嶺王ダフニスは『神の黙示録』第3章を手に入れ、その解読に成功していたはず」
一同は再び騒然となる。イーシュ・ラミナより遙か昔、神々の叡知のすべてを記したとされる伝説の書物の名が、ここで再び聞かれるとは思ってもに見なかったからだ。
「失礼……たいへん不勉強で申し訳ないのですが……『神の黙示録』とはいったいどういうものなのでしょうか」
ハートマン顧問官がそう発言すると、一同からあざけるような笑い声が漏れた。だが、大僧正は、おそらくハートマンはこのなかでももっとも頭の切れる青年だということを感じ取っていた。顧問会メンバーの中でももっとも若くいために軽んじられているという弱い立場を利用しているに違いない。ものを知らないフリをしてこちらの優越感を刺激しておいて、「語るに落ちる」我々から重要な情報を入手するという彼のやり方を、大僧正は高く評価している。
「イーシュ・ラミナが全盛期だった時代よりも遙かに昔、まだ神々がこの地上におわした頃に作られたという伝説の書物じゃ。そこには神々の叡知のすべてが記されているということじゃが、なぜかそれは3つに分かたれ、人々の目から遠ざけられておる。もっとも、実際に見たことがある人間などいないのだから、それが本当に書物なのかどうかということも分からんのじゃが」
大僧正は若い顧問官にそう説明すると、ハートマンはなるほどというように頷いた。大僧正は続けた。
「アートハルク帝国ダフニス皇帝は、その三番目の章を手に入れ、解読に成功したと当時中央諸世界連合にて発表した。アートハルクが戦略戦争を始めたのはその直後のことじゃった。帝国軍の軍事力もそうであったが、なにより強力な術者たちの攻撃に、中央諸世界連合は脅威にさらされた。その術者たちが使っていた術法というのは、ラインハット寺院でも教えたことのない禁忌とされた古代の術法で、おそらく『神の黙示録』にはそうしたものがごまんと記されているのではないかと推測されるのじゃ」
「ではアートハルク帝国が壊滅した現在、誰がその『神の黙示録』を持っているのでしょう」
ハートマンは大僧正を見つめて静かにそう言った。アートハルク帝国が壊滅した後、中央諸世界連合は『神の黙示録』の行方をやっきになって探したが、結局見つからずじまいだった。『神の黙示録』があれば世界を征服することも可能だ。それが愚かな独裁者の手に渡ってしまえば、再び五年前のアートハルク戦争どころか、汎大陸戦争のような惨事が繰り返されるはずだ。ハートマンが『神の黙示録』の全貌を中央諸世界連合に報告することはまず間違いないだろう。そして、中央諸世界連合は世界中の町をひっくり返しても『神の黙示録』を回収しようとするだろう。
「それは分からぬ。だが、ダフニスも死に、レオンハルトも死んだとすれば、『神の黙示録』は彼らとともに消滅したのだと考えるほかあるまい」
大僧正はため息をついてそう言った。だが、ハートマンは大僧正をひたと見つめたままだ。この青年が、自分が何かを隠しているのではないかと考えてるのは当然だと大僧正は思った。自分はレオンハルトの友人のひとりだった。何か知っているはずと勘ぐらない方がおかしい。
『神の黙示録』。禁断のあの書物を人々の目にさらすわけにはゆかない。聖職者として。
「もうっ!! なんなのよ! あのお姫様はっ!!」
サーシェスは鉄格子を足で何度も蹴りつけ、それでも収まらない怒りをありったけの悪口雑言で紛らわせた。
「ハイファミリーってみんなあんな風に性格悪くて頭が悪いに違いないわ」
サーシェスはため息をつくと、そのまま床に座り込んだ。暗闇に目が慣れてくると、この防空壕の中がたいへん広いのが分かった。おそらく大人が40人程度生活できるくらいのスペースはあるのだろう。
あの王女はこのまま自分を閉じこめておくつもりだろうか。だがどちらにしろ、自分がいないことに大僧正が気づいて誰かが探しにくるかもしれない。そのときは、思い切りあの王女の顔をはたき返してやろう。
──記憶喪失の半病人のくせに──
王女が自分に向かって言った一言が思い出され、サーシェスはまたはらわたが煮えくり返るような気になった。なんて思いやりのない、人でなしなんだろう。記憶がない人間に、そんなひどいことを口に出せるなんて信じられない。
なぜか自分の目から涙があふれてきたのが分かった。悔し涙だと気づいたときには、サーシェスはひとりで声をあげて泣き出していた。
大僧正はなぜ、記憶のない自分を手元に置きたがったのか。もしかしたら、罪を犯して逃げてきた極悪非道な犯罪者かもしれないのに。そう思うと、膝から下ががくがくと震え出す。いやだ。過去の記憶なんかいらない。ずっと今のままの生活をしていたい……!
どれくらい泣いていたのか、ふとサーシェスは顔を上げ、周りの闇をうかがう。自分がこの闇をちっともおそれていないことに気づいたのだった。鉄格子にそっと触れると、闇が優しく自分を包み込んでいるのが感じられる。さび付いた鉄の臭いと、少しかび臭い部屋の中の空気の匂い。なぜかこの闇が懐かしく感じられる。目を閉じて心をとぎすまし、失われた記憶の断片を探るように、サーシェスは鉄格子に頭をもたれかけさせた。
闇の中で暮らしていたような覚えがある。でもその闇はちっとも怖くなくて。そう、それは誰かがいつもそばにいてくれたから。優しい微笑みと、暖かい腕の中。
私は闇の中でひとり、ずっと誰かを待っている。どれくらいその闇の中にいたのか、もう覚えていないけれど。怖くはないのに、ひどく寂しくて。はやく私を見つけてほしくて。
「サーシェス!」
泣き腫らした目で振り返ると、闇の中に光が射し込み、剣を携えた男の人が入ってきた。その人は私を見るなり、本当にうれしそうな、安心したような顔をして、すぐに私に駆け寄ってきた。すごく背の高い男の人。ああ、私は小さい女の子なんだ。この男の人が天を突くくらい大きく見えるもの。
「サーシェス! よかった! もう大丈夫だ。私がいる」
男の人は近づくなり私を強く抱きしめた。顔はよく見えないけれど、この人が泣いているのかもしれないなんて思った。その人の柔らかい金の髪が私の頬に触れると、私は声をあげて泣きだし、しゃくりあげた。
「もう離さない。これからは私がお前を守ってみせる!」
男の人は力強くそう言った。ああ、この人は本当に私のことを愛してくれているんだ。お父さんみたいな、お兄さんみたいな、そんな雰囲気が私を包み込む。誰なんだろう。この人の顔が見えたら、少しは思い出すことができるのだろうか。
ふと、男の人が私を抱きしめていた腕をゆるめ、私の顔をじっと見つめている。私はその顔を見て思わず声を上げた。見事な黄金の巻き毛とエメラルドグリーンの瞳をした……
「……フライス!?」
ふと気がつくと、自分はいくらか眠っていたらしい。頬に手をやると、涙の後があった。夢を見ながら泣いていたのかと顔を上げると、防空壕の外から光が射し込んでいた。目の前には憎きアスターシャ王女の姿があった。
サーシェスは王女に気づかれないように頬を手の甲でごしごしとぬぐい、ゆっくりと立ち上がった。アスターシャは相変わらずの意地悪そうな表情でサーシェスを見下ろしていた。だが、サーシェスが毅然とした態度で、背筋を伸ばしたままゆっくりと王女に歩み寄るので、彼女は少したじろいだようだった。
「たいしたものね。こんなところで眠れるなんて!」
吐き捨てるような王女の声が少し震えている。今頃泣いてわめいて許しを乞うているだろうという予想が大きく裏切られたことに、明らかに狼狽しているようだった。
いきなりサーシェスは平手で王女の頬を張り倒した。王女は張られた頬に手をやりながら、目を見開いたままサーシェスを見つめている。すかさずアスターシャは反撃に出て、サーシェスは力無い張り手を頬に食らうハメになった。サーシェスは無言のまま、今度はアスターシャの頬を往復ではり倒す。王女の目が悔し涙でいっぱいになっているのが見えた。おそらくいままで殴られたことなんか一度もないのだろう。
「なによ! 貧乏人のくせに!!」
アスターシャは目にいっぱいの涙をためながらサーシェスにつかみかかった。小柄な体なのに逆上パワーが炸裂しているせいか、サーシェスは思い切り壁に叩きつけられた。が、そのとき、サーシェスの背中でガチリという音がしたかと思うと、防空壕の入り口が見る間に塞がっていき、重苦しい音と地響きとともに扉は完全に閉じられてしまった。扉が閉じた後も、なおもカチカチとあちこちから音がして、その扉自体を何重にもロックしているようであった。
「あ、安全装置が作動したの!?」
アスターシャはサーシェスをつかんでいた腕を離し、ついでにサーシェスを壁際からひきはがすと、持っていたランタンをかざし、壁に埋め込まれている装置のようなものをいじり始めた。
「ちょっと、なんなのよ、いったい」
サーシェスは掴まれた腕をさすりながら王女に尋ねた。腕にアスターシャのツメが食い込んで皮がむけたらしく、ヒリヒリする。王女は装置をあちこち動かしながら舌打ちした。
「今ので安全装置が作動しちゃったのよ! これはもともとシェルターだから内側から頑丈な扉が閉まるようにコントロールできるのよ!」
「じゃあ内側からロックをはずせばいいだけでしょ」
「できないのよ! 内側からロックを解除するには暗証番号が必要なの! 私はその番号を知らないのよ!」
「じゃあ、私たちここに閉じこめられたってわけ?」
と、サーシェスは愉快そうに肩をすくめ、おどけて見せた。アスターシャはそんなサーシェスの様子に再び逆上したのか、
「あんたのせいよ! あんたが壁なんかに体をぶつけるから!」
「ちょっと! いい加減にしてよ! もともと誰のせいだと思ってるのよ! あなたがこんなばかげたマネしなければこんなことに……!」
突然、地下シェルターの床が身震いをした。先ほどの扉が閉まる衝撃で、古いシェルター内に亀裂が入ったらしい。亀裂はふたりめがけて稲妻のごとく走り寄り、脆弱な床は叫び声を上げて崩れ落ちていく。ふたりはその亀裂に飲み込まれ、巨大な奈落へ吸い込まれていった。