第二話:荒くれ騎士たちの奮闘

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 アジェンタス騎士団の作業場に、小気味のよい掛け声や木材を打ち付ける音がこだまする。汗だくの騎士団員たちがあわただしく木材や鉄柱などを運んだりする中、あちこちから金槌で木材などに釘を打つ躍動的な音が規則的に響いていた。
 露天の屋台や売り物を並べるための展示台を組み立てているところだ。壁際では脚立に登った男が水平器でああでもないこうでもないと角度を確認しながら、脚立の上で布製の巨大な横断幕を引き上げている者に指示を与えている。
 屋台も横断幕も、すべて騎士たちの手作りによるものだ。絵心のある者たちが下書きをした上から、ペンキや油性絵の具で着色したり、少し凝ったことをやりたいと考えた玄人志向の者たちが、きれいに切り抜いたレタリング用の型抜きを使って、自分たちの行きつけの店に引けを取らないほど味のある書体の店名をスプレー絵の具で吹き付けている。
 意外なほど知られていないのだが、騎士団には手先の器用な者が多い。騎士団生活では各々、さまざまな役割が与えられ、そのための研修も実技も自由に受けることができるのだが、元々の才能は大いに役立つものだ。
 例えば今回、調理担当を任命されたセテのように、大勢の荒くれ者たちの舌と胃袋を満足させる腕前の持ち主は、だいたい遠征の際には調理班に振り分けられる。楽器が得意な者は、公的な行事の鼓笛隊に抜擢されて観客を魅了するし、実家が大工という者などは設営で才能をいかんなく発揮する。同様に、実家の家業のおかげで散髪や裁縫が得意という者もいて、給料日前の寄宿舎や何日にもわたる遠征ではたいそう重宝される。こうした剣以外の才能にあふれた若者たちが集まるのも、騎士団の特長とも言えた。
 至上命令で渋々始めた地域貢献度向上週間の準備であったが、手を動かし始めたら騎士団の連中は見事に団結し、全力で企画や設営を楽しんでいるのだった。
 ジャドウィック率いる屋台班も、この作業場で他の班同様に屋台作りの佳境であった。ジャドウィックの同期に実家が木材屋であるという者がおり、支柱となりそうな木切れや廃材などを格安で引き取らせてもらって、それらを組み合わせて屋台の骨組みを作ったようだ。
 寸足らずの廃材ばかりで最初は戸惑った面々ではあるが、その騎士の提案により、わざと継ぎ接ぎのように木材を組み合わせてみれば、なるほど、手作り感たっぷりで味のある外装の屋台の出来上がりだ。
 化粧板のような見た目のよい木材はないが、あちこち剥がれ落ちかけてデコボコした廃材は、それはそれで野趣あふれる外観を思わせる。それらを横に渡して支柱に打ち付けていき、屋台の内側に置く調理台を載せたり商品を並べる棚が作られた。
 これに少し乱暴に、不規則な位置で粗めのヤスリをかけてニスを塗って乾燥させていたが、果たしてその荒削りな感じが老舗店舗とまではいかないまでも、そこそこ渋好みの風格を漂わせたものだから、セテもレトも、その他の同じ班の者たちもみな歓声をあげたものだった。
 今日はその強度を確かめながら余った木材で補強したり、屋台正面に掲げる看板などを仕上げている最中だ。
 彫刻が好きだったという者がいて、廃材の小さな板に宣伝文句を掘ってペンキを塗り込み、ジャドウィックに見せているが、その出来映えがまた素晴らしく、騎士たちの間からまたもや歓声が漏れた。ひさしの脇に吊るしておけば、街なかの露天のような雰囲気が十分に出て、なにやら美味しそうなものを売っているように見えることだろう。
「正直ここまでお前らに才能があるとは思ってなかったわ、俺の審美眼も絶好調だなあ」
 呑気な口ぶりだが、心底うれしくてしかたないといった表情でジャドウィックが言った。そこへ郵便部の若い騎士がやってきて、ジャドウィックの姿を見つけると紙包みのような何かを差し出した。
「おお! もうできたのか! どれどれ、仕上がりはどうかな?」
 手を休めてみなが見守るなか、ジャドウィックはおどけたような素振りで紙包みを開ける。中から出てきたのはきれいに印刷された紙束であった。
「見ろ、お前ら、俺たちの店のチラシだぞ!」
 一同はジャドウィックを囲むようにして駆け寄ってくる。今度の歓声の原因は、この手際のいい屋台部長が手配していた宣伝用のチラシの見事な出来映えだ。彼の監修のもと、広告物に心得のある後輩に下絵と構成を任せて印刷に回したもので、屋台の支柱に貼るほか、会期中、敷地内を訪れた客人たちに配って回ったり、街の馴染みの店にも好意で置かせてもらうのだそうだ。こうしたことにかけても、ジャドウィックの手腕は余すところなく発揮されていた。
「へえーすごい、きれいにできるもんだなあ。本格的な店っぽい仕上がりですね。いよいよ盛り上がってきたなあ」
 レトがチラシを一部手に取って眺めながらそう言ったが、ジャドウィックは自分のことのようにうれしそうに笑う。
「だろー? 見ろよ、店名の書体も俺が選んだんだぜ。雰囲気バッチリだろ。いかにも、男の男による男のための店って名前じゃねえか。やっぱこれにして正解だったなあ」
 店の名前は〈黄昏の騎士〉亭という。神々の黄昏の時代にあって、力強く任務をこなす若き騎士というのを前面に出したかったそうだ。セテやレトなどは「黄昏なんて縁起が悪い、暁にしよう」などと反対したのだったが、あっさり却下された。そうしてできあがったチラシの書体や図版の雰囲気は屋台の店構えも相まって、確かに黄昏という店名のほうが似合いのようだ。
「なあ、これに似た感じで店の看板作れるか? ああ、そうだ、手の空いた奴は適当に休憩しろよ」
 ジャドウィックは先ほどの彫刻好きの後輩を呼びつけ、屋台の正面に掲げる看板の意匠について打ち合わせを始める一方で、周囲の者たちに休憩を促した。
 仲間同士で労をねぎらいながらひと呼吸を入れる面々。セテとレトも、屋台の周囲に張り巡らせる飾り付けに万国旗を縫い付けていた手を休め、ジャドウィックが持ち込んだ氷水の入ったバケツからビール瓶を取り出して口を付けた。
 課外活動の名目ではあるが自由時間のことであり、あちこちで同様に酒をあおる若い剣士たちを咎める者などいるわけもない。準備の初日などは、騎士団広報部から作業場にいる全員に向けて、酒樽の陣中見舞いが届いたほどだ。
「残るは本番に向けての設営と、明々後日の夜の仕込みだけど……徹夜になるかな」
 レトが当日の段取りを仮決めしたメモを眺めながら、乾いた体内にビールを次々と流し込む。
「来週まで雨は降らないようだし、クルトたちの班も早めに設営するって言ってたな。俺、早めにこっちの準備、終わらせておきたいわ、でないとダンカン先輩にドヤされる」
 そう言うセテは、作業着のポケットからしわくちゃの紙束を取り出しながら顔をしかめた。
「お前さ、ちょっと張り切り過ぎじゃね? なんでそんなに掛け持ちしてんだよ。あんなに面倒くさがってたくせに」
 レトがそう言いながら不思議そうな顔で覗き込むが、セテの手元の紙束にはびっしりと小さな文字で長い文章が記されている。
「やるときゃやる、さ。どうせ祭りみたいなもんなんだから楽しまなきゃ。にしても、久しぶりにまとまった文章を書くのは骨が折れるわ」
 髪をクシャクシャとかきむしりながらセテはそう返した。
「それ、ダンカン先輩の企画だろ? 広報部の連中と組んで展示物紹介とか聞いたけどさ。あの人が抜擢されるのは当然だとして、お前がそれを手伝うってのも意外だわ」
「意外とは失礼な。半分は俺が志願したんだよ、手伝わせてくれって。もう半分は……まあ、酒に釣られたようなもんだけど」
「だろうな」
 レトはさして驚くようでもなく頷く。セテが不本意そうな顔をするが仕方ない。
「それに、中央特務執行庁からの左遷でやってきて余所者と思われてた剣士が、実は地元出身で、地元住民にアジェンタス騎士団のよさを説明するってのは、かなりの高得点だと思うね、俺は」
「ってダンカン先輩が言ったんだろ」
 レトにそう言われて、得意げになっていたところに水を差されたセテはため息で返す。
 実際のところ、ダンカンがセテに期待していることはセテの見た目のよさ以外に考えられないのだが、レトは黙っておくことにした。つまるところ広報部は、パネル展示の際に広報部以外の現役の剣士を一般人に接触させたいと考えていて、そうであれば、ダンカンをはじめとした一般人受けしそうで顔のよい若者を使いたいのだ。
「まあ、そんなわけでいま原稿書きをやってるんだけど、なかなか満足のいく仕上がりにならなくてさ~。資料室で昔の資料を掘ったり、街の長老みたいな爺さんに話を聞いたり、あのスナイプスにだって取材に行ったり、俺、結構がんばってると思うんだけど」
 セテが指し示した紙束は、アジェンタス騎士団領の成り立ちについて概略を記した原稿の下書きであった。担当する展示パネルを見に来た一般人に向けて、アジェンタス騎士団領の歴史のおおまかな流れを説明するのだという。
「どれどれ、見せてみろよ」
 レトに促されてセテが自筆の原稿を手渡す。ふたりで原稿を覗き込むのだが、そのうちにレトがブツブツと音読し始めた。
「えー……神世代十六年、汎大陸戦争終結後の大混乱のなか、のちにロクラン王国初代国王となるデミル・ロクラン将軍の提唱により、旧世界《ロイギル》の旧国家体制の抜本的な再構築が協議されました。焦土となった中央エルメネス大陸には難民があふれかえり、もはや従来の国境は意味をなさなくなっていたうえ、混乱に乗じて武力で領土を獲得しようという武装組織が跋扈《ばっこ》していたためです。ロクラン将軍と、聖賢五大守護神《ファイブ・ガーディアンズ》のひとりで現在の聖騎士のひな型であるレオンハルトらが中心となって組織された治安維持軍は、各地の暴動を鎮圧するために長らく奔走していましたが、ここへきてようやく、新たな国家建設計画が真剣に議論されるようになったのです……と」
 レトはここでいったん区切り、困ったような顔をしている親友を見つめた。
「へえ、いい感じ。よく書けてるじゃないか」
「そう? おカタい感じしない?」
「展示の趣旨を考えればこんなもんだろ。こういう導入部分は多少硬くても、きちんとした言葉で伝えたほうがいいと思うぞ」
「そうかなぁ……なんかしっくり来ないんだよねー……」
 セテはそう言って、不満そうな顔で頭をかいた。
「これ、パネルを紹介しながら訪問者に語って聞かせる予定のやつなんだろ? 続き、読み上げてみろよ、客のつもりになって聞いててやるから」
 レトにそう促されたのでセテは原稿を睨み、早口で読み上げ始めた。
「現在、我々がアジェンタス地方と呼んでいるこの一帯は標高が高く、北方に位置するうえ、高い山々が天然の防火壁の役割を果たしたために、神獣フレイムタイラントの吐き出す灼熱の炎や大沈下から完全に逃れることのできた、数少ない集落のひとつでした。厳しい冬がある代わりに豊富な雪解け水に恵まれ、肥沃な大地のおかげで作物はよく育ち、夏でも快適な気温の快適な暮らしが望めるこの地には、はるか昔から人々が慎ましく暮らしていました。しかし現在のアジェンタス騎士団領の起源は、もともとはこの土地ではありませんでした。当時、アジェンタスとは旧国家時代の一地方の名称でしかなかったのです」
 そこまで読み上げると、セテはレトを上目遣いに見つめ、
「どうかな」
と尋ねた。レトは顎に手を当てながら聞いていたが、指で自分の顎をトントンと指し示しながら、
「まぁ硬いっちゃ硬いけど、実際、アジェンタスが奇跡の土地って言われてたのは事実だしな。天然の地形で助かったってのと、建国の礎がここじゃなかったって点は、就学前の子どもたちにも知っててもらったほうがいい。地理に興味を持ってもらうきっかけにもなるんじゃねえかな」
 そんなことを言う親友に、セテは驚いたように目を丸くした。
「へえ……そんなこと考えながら書いたつもりはなかったんだけど」
「お前が故郷を大事に思ってて、故郷のすごいところを自慢したいって気持ちがあるから、そういう思いがちゃんと文章に出てるんじゃないかな。アジェンタス騎士団領って国の成り立ちは、他の国と比べてもだいぶ変わってるから、興味を持ってもらいたい点をきちんと押さえておけば大丈夫だろ」
 そんなことをさらりと言う親友に、セテは改めて驚いたものだ。
 大学時代、レトも成績優秀者に名を連ねたひとりだったが、周囲からはふたりの性格的なところや見た目などからだいぶ誤解もあるので、ここで補足しておこう。
 レトは人当たりがよく、男女こだわらず交友範囲が広かったので、遊んでいる印象が強かったのは確かだ。セテと一緒でないときも、どこかで女の子たちと飲み会でよろしくやっているといった、遊び人風な印象を持たれることは多かったようだ。
 一方のセテは、第一印象は取っつきづらい、きつい印象を持つ端正な顔立ちのせいもあり、猪突猛進型に励んでいると見られがちだった。なにしろ強い奴を見つけては剣の勝負を挑む猪であったし、あの熊のような図体の現役の聖騎士レイザークに喧嘩を売った件は、いまだに中央騎士大学に残るセテの有名な逸話だ。男連中にはこうした逸話のおかげで英雄扱いであったが、女子との浮いた話は、銀髪の少女の一件以外ではさっぱりないため、剣に取り憑かれた残念な美形という印象は払拭できていない。その実、セテもそれ以外では飲んでばかりではあったのだが。
 そんなこんなの印象が異なれども、それでもふたりとも、中央エルメネス大陸の難関校のひとつであるロクラン中央騎士大学出身の成績優秀者だ。甲乙は付けがたい。しかし、レトのほうが文章に関する感覚的な優位性はずっと高く、物事を的確に表現したり、ある事象を適切に読み解いたりする能力には、目を見張るものがあるとセテは常々思っていた。読書の質量ともに自分をはるかにしのいでいたし、そういえばレトの書いた小論文などは、模範として回覧されたことが何回もあったとセテは思い出したのだった。
 そうした感性の鋭い親友の批評は、とても心強い。セテは照れくさそうに笑って、珍しく知的な──本人にしてみれば失礼な言い回しだが──表情を見せたレトを見やった。
「ここからは、みんなお待ちかねのアレクザンダー・サイードの話になっていくんだけど、あんまり彼の武勇伝ばかりだと飽きちゃうだろうし……騎士団領の成り立ちについてはわりとさらっと書いてみたんだけど……」
「どうせ別の展示物でじっくりやるんだろ? サイードの信奉者みたいな連中なら彼の功績は知ってて当たり前なんだし、そうでなくともアジェンタス騎士団領と騎士団の成り立ちには、歴史の授業で親しんでるわけだし。外からやってくる一般人に展示説明でアジェンタス騎士団を知ってもらうなら、さらっと書くぐらいでちょうどいいんじゃないかな。ちょっと読み上げてみろよ」
 またレトに促され、セテは原稿に目を走らせた。そんなところへ、休憩していた仲間たちが数人、ビールを片手にやってくる。余興のつもりなのだろう。
「わがアジェンタス騎士団領の開祖であるアレクザンダー・サイードは、中央エルメネス大陸の南東部に位置したアジェンタス諸島出身の軍人で、汎大陸戦争当時は海軍を指揮していました。大戦のさなかアジェンタス諸島から多くの人々を、彼らの軍艦に乗せてこの土地へ疎開させた英雄のひとりとしても知られています。大戦の終盤には、フレイムタイラントの業火で溶けた南極の氷が海水面を上昇させ、アジェンタス諸島をはじめとした小さな島々や中規模の大陸が水没しましたが、彼の先見の明がなければ、いまのアジェンタス騎士団領は存在しないでしょう。そして、中央でロクラン将軍やレオンハルトを中心に新国家建設の大きなうねりが始まった翌年の神世代十七年、新たな国家の枠組みを決めるデナリアス憲章に則って、アレクザンダー・サイードは疎開先であったここに新たな国家建設を宣言しました」
 周りの仲間たちから「いいぞ!」などといった威勢のよいかけ声が上がる。
「な、なんだよ、見世物じゃねえぞ」
 セテはそう言いつつまんざらでもない表情で仲間たちに返すが、
「それ、展示説明の原稿だろ?」
 破顔した面々がうれしそうに尋ねるので、セテは「そうだよ」と照れ臭そうに小さく返答した。
「俺たちも添削してやっから聞かせろよ。建国の話はいつ聞いてもたぎるもんな」
 ひとりが子どものようにわくわくした表情を隠さないままそう言うと、
「こいつ、サイードに憧れてアジェンタス騎士団を目指したんだぜ。家にアレクザンダー・サイードに関連する本が死ぬほどあるらしい」
 別の仲間がそいつを指してからかう。サイード大好きっ子は「うるせえ」などと照れ隠しに悪態をついたが、そうした光景はセテにとっても胸が熱くなるものだった。
 セテ自身が、聖騎士の始祖であるレオンハルト大好きっ子であり、レオンハルトに関連する書籍はもちろん、どんな記事でも保管しているのと同じことだ。誰かに憧れることは高い志を醸成し、強い使命感に突き動かされて憧憬の対象のように振る舞おうとする、よい連鎖を生むのだ。自分がよい騎士であるとはまだ思えないが、アジェンタス騎士団に集う面々の誰もが小さな憧れから剣士を目指したのであろうから、それはセテにとってはとてもうれしいことで、仲間たちとの心強い共通項なのだ。
「悪いな、サイードの話はかなりさらっと流してるよ。身内である騎士団の人間が説明するのに、あんまり感傷的な言葉を入れてもドン引きされるからな」
 セテがいたずらっぽく笑ってそう言うと、
「ま、お前は聖騎士《パラディン》レオンハルト派だもんな。レオンハルトのことなら一時間でも二時間でもしゃべるだろうけど、同じ調子でサイードの武勲を切々と、情感たっぷりに語られても引くわ」
 仲間たちが大笑いする。セテが酒宴で披露するレオンハルト語りの感傷的なことといったらない。泥酔して同じことを何度も話すのもお約束で、しまいには「レオンハルトぉ~~なんで死んじまったんだよぉ~」などと彼の名を呼びながらおいおい泣くこともあるのだから、その様子に仲間たちはいつものことながら、一様にドン引きするのであった。
「うるせえな。レオンハルトみたいな最強の剣士には最強の語りが必然なんだよ。いいから黙って聞けよ」
 セテはコホンとわざとらしい咳払いをしてから周囲を黙らせた。
「失われた故郷に思いを馳せるため、サイードは疎開地であったこの国をアジェンタスと命名し、アジェンタシミルに首都機能の中心となるアジェンタス総督府を置きました。大戦終結後の当時は、総督府という呼称が植民地主義を礼賛していると非難する者もありましたが、新たなこの土地や先住民を、植民地や植民地の被支配者として見下していたわけでは決してありません。亡きアジェンタス地方の暮らしを受け継ぐこととなる第二の故郷としての再出発と、この地方の発展を誓ってのことでした。また本来、総督府を預かる役職にあるのは総督と呼称されるべきですが、彼は自らを提督と位置づけ、総司令官としての呼称もそのように定めました。本来、提督とは海軍の総司令官を指しますが、現在のアジェンタス総督府は海岸線からはほど遠く、軍港となるような大きな港もありません。しかしこの呼称の起源が、サイードがもともと海軍提督であったことや、自身の生涯の義務として課していた海賊討伐を誇ってのことであったのは明白です。彼は死ぬまで提督と呼ばれることを誇りに思っていました。この国の最高指導者が〈提督〉と呼称される起源となったのはいうまでもありません。翌十八年には、アジェンタス騎士団の前身となるアジェンタス特別治安維持隊が結成されました。そしてついに神世代二十九年、精鋭の騎士を集めた大陸屈指の騎士団のひとつ、アジェンタス騎士団が誕生し、国号も新たにアジェンタス騎士団領となったのです」
 ここで割れるような歓声と拍手が巻き起こり、セテは驚いて顔を上げた。見れば作業場のほとんどの者たちがセテの周りに集まっていて、どうやらこれまでの口上を聞いていたのだ。セテはたいそう驚いたのだが、彼らがアジェンタス騎士団領や騎士団に対してどれだけの敬意を払っているかがうかがい知れて、胸が熱くなるのを感じた。
 アジェンタス騎士団領はもともとセテの出身地でもあったが、それ以上に、中央から出向という体で左遷された自分にとって、アジェンタス騎士団が心の拠り所《ふるさと》になっていることにようやく気づいたのだった。
「たいしたもんだなあトスキ。ダンカンのパネル展示の口上だろ? お前の頭にしちゃよく書けたじゃねえか」
 ビールで少し紅潮した顔のジャドウィックがセテの肩を叩いた。
「そりゃ、地元ヴァランタイン出身ですし。これでも一応、ロクラン中央騎士大学では五指に入る成績だったんですけどね」
「ロクランの大学でよかったな。アジェンタス騎士大学になんざ行ってたら、俺みてえに今朝の朝食の献立だって覚えちゃいらんなかったぞ」
 ドッと周囲が沸く。
「客に向けてしゃべるときにゃ、ロクラン訛りをもっと強くしてロクラン出身だと思わせとけよ。王都から来た剣士なんざ、アジェンタスの田舎者にゃ滅多に見られるもんじゃねえ。話題総ざらいだぞ」
 ロクラン訛りとは言い様だ。ロクランの美しい中央標準語からすれば、アジェンタスのほうが訛りが強いのに。これもまた、アジェンタスびいきの軽口である。
「こっから先の年号は細かすぎて覚えるのもたいへんだろうが、あんなもん適当に話したって一般人が真剣に聞くわけねえからなんとかなるだろ」
「気楽なこと言わんでくださいよ、当日はダンカン先輩が目を光らせてるってのに」
「こういうお堅いのはあいつに任せときゃいいんだよ。もっとほら、お前っぽい言い回しがあるだろうがよ。博物館の学芸員でも真面目な説明の合間に軽口挟んだりしてるだろ? 子どもたちをとっ捕まえて洗脳して、騎士団カッチョいい~!みたいに思わせるとか」
「また人聞きの悪いことを。これ、広報部の原稿ですよ。勝手なことしゃべったらダンカン先輩じゃなく、その上からどやされる」
「せっかくの機会なんだから、こんな通り一遍のことじゃなくて、もっと身近な話をしたほうが俺はおもしろいと思うんだけどなあ……パネル読めば分かるようなことをしゃべってもしかたないだろ? ダンカンも進言したらきっと」
「お前にしては珍しく気の利いた意見だな」
 振り返れば、ちょうどダンカン・オルブライトがやってきたところだった。ジャドウィックの無茶な進言から解放されたとセテは内心、胸をなでおろした。
「トスキ、ハーレイたちが探してたぞ、お前、これから練習じゃなかったか」
 ダンカンにそう言われて、セテは慌てて自分のビールをレトに手渡す。
「やべえ! そうだった、バスケの練習! すんません、一時間後にまた!」
 セテはタオルをひっつかんでそのまま作業場を駆けて行く。それを見送った面々も、そろそろ休憩を終えて作業を再開しようと持ち場に戻って行った。
「遅えぞダンカン」
 さして非難めいた口調でもないが、少し嫌味のつもりだったようで、ジャドウィックが相棒に声をかける。
「広報部との打ち合わせが長引いた。遅れてすまん。だがもうあまり手伝うこともなさそうじゃないか」
 ダンカンも屋台の出来栄えに満足したようだ。
「チラシもバッチリ。天気もいいようだし、明日の夜にはもう設置しちまおうと思って」
「なるほど。前日の仕込みまでにはこっちも片付けておきたいが、いま最後の調整をしてるとこでな、すまん」
「なんだ、そんなにしんどいのか広報部」
 ジャドウィックはダンカンにビールを差し出し、ダンカンがグイッと勢いよくそれをあおる。
「いや、そういうわけじゃない。なに、お前が言ってたのと同じことを俺も考えててね」
「俺が言ったこと?」
「トスキの説明。俺も、パネルや小冊子を読めば分かるようなことをあいつにしゃべらせるのはなんだか時間の無駄な気がしてたんだ。それで、自由な質疑応答形式にできないか、広報に掛け合ってるところだ」
「やっぱりな、ほら、見てみろソレンセン、俺の頭、超冴えてると思わねえ?」
 ジャドウィックにそう振られ、レトはあわてて頷き返す。しかし、
「いいんですか、自由に発言させて。あいつのしゃべり、メチャクチャですよ? 五秒に一回は罵倒か卑俗語が飛び出すと思う」
 レトは念押しのためにダンカンにそう言ったのだが、
「ジャドウィックが言ったように、将来、騎士団に入りたいと願うことになるかもしれない子どもたちを味方につけるんだよ。剣士に憧れる年頃の少年も多い。なんでも聞けてなんでも教えてくれる剣士を目の前にしたら、大興奮間違いなしだ。あいつの場合、見た目はいいから口が悪いのだけが難点だが、多少、品を欠いた口調のほうが身近に感じてくれるはず。飾らない言葉で生の騎士団を紹介するのがいいんだと俺は思う」
「許可がおりなかったら?」
「そのためにさっきスナイプスのところにも行ってきた。奴《やっこ》さん、大笑いしながら大賛成だったぞ。トスキの罵詈雑言を子どもが真似するようになって親御さんから苦情が入るのを楽しみにしてる、そのときにはこの班全員に奢ってやるとも言ってたな」
 レトは呆れて肩をすくめた。スナイプスが人ごとのように大喜びしている図が目に浮かぶ。
「それにしても、あいつ、いきなり張り切りだしてどうしたんだ?」
 今度はダンカンがレトに質問だ。問われたレトは首を傾げる。
「トスキだよ。最初は渋々、むしろできれば関わりたくないって顔してたのに。積極的に準備に加わってくれたのはうれしいが、掛け持ちし過ぎだろう」
「そうですね……屋台以外にダンカン先輩のとこでしょ、その他に模擬トーナメント戦に出場するって言ってたし……日曜のバスケットボール交流会にも出るからって今から練習ですモン。身体はひとつしかないってのに、張り切ってるっていうか計画性がないっつーか」
 さすがのダンカンもその詰め込みようには心配になってきたのか、眉をひそめた。
「お祭り好きなのは知ってるが、その殺人的な時間割、大丈夫なのか?」
「まぁ、妙にはしゃいでますよねー。この間のバーベキューのときだったか、ジャドウィック先輩となにか話し込んでて、それで思うところあったんじゃないですか。詳しいことは聞けてないんですけど」
「なんだ珍しい。あいつの行動原理を把握してないこともあるんだな、ソレンセン」
 そう言われたレトは迷惑そうに大きなため息をつき、目の前の先輩騎士を恨めしげに見やる。
「俺はヤツの保護者じゃないですよ。泥酔したヤツの服を脱がせたりゲロの始末したりと、保護者みたいなことさんざんやらされてますけど。そういうダンカン先輩にもジャドウィック・メイヒューっていう手のかかる大きなお子さんがいらっしゃるんだから、たいへんですよねー」
「誰がお子さんだ、もう明日から奢らねえぞソレンセン」
 ジャドウィックが口を挟んできたので、レトはバツが悪そうに頭をかいてみせた。しかし、
「あれ、誰だろ、なんか広報官が部外者を連れて来てるけど」
「ごまかすんじゃねえぞソレンセン」
「いや、違いますって、本当に、あそこ、ほら見てくださいよ、なんか身ぎれいにした連中がさっきから」
 レトはジャドウィックとダンカンに指差したほうを見るように促した。
 先頭には制服を着た騎士団の広報官がおり、その後ろに数人、ジャケット姿の男たちを連れて歩いている。広報官は作業場のあちこちを指差しながら後ろの連中に何やら説明しているようで、後ろの者たちは手元のメモに書き記したり、質問をしているようだ。
「新聞社の連中だな。こんなクソ忙しいときに」
 ダンカンが舌打ちをしながら呟いた。その口調から、どうやら彼らのことをあまり快く思ってないことがうかがえた。
「なんだ? 見学を許したのか? まだ始まってもいないのに」
 ジャドウィックは残りのビールを流し込んで尋ねた。
「ああ、さっき広報室で鉢合わせしたとこだ。準備の様子から当日まで密着取材をしたいんだと」
「喜ばしいことじゃねえか。俺たちの活動がずっと新聞に載るわけだろ?」
「好意的に書かれるのであればな。連中、騎士団の存在についてはもともと懐疑的なんだ。アートハルクの件もあって、戦争になるんじゃないかとピリピリしてる」
 なるほど、と言わんばかりにジャドウィックが口をへの字にして頷いた。
「だから少しでも粗を探して叩く口実を探してるんだよ。広報室でのやつらと広報官のやりとりを聞いたら、お前ら、瞬時に沸騰するぞ。税金の無駄だとか風紀の乱れだとか、そんなことばっかり突いてきやがる」
「まあ……いいことばかり書くのが新聞の役割ではないですけどね」
 レトが声を落としてそう呟いた。ダンカンが頷き返す。
「広告記事じゃないから好きに書けばよいが、自分の思い込みを世論に仕立て上げられるのも媒体の怖さだよ。まさに、ペンは剣よりも強しってやつだ」
 ダンカンは忌々しそうにため息をつきながら肩をすくめた。ジャドウィックも同じような表情と仕草で空いたビール瓶を作業台に置いた。セテとレトがそうであるように、親友同士はやはり動作や表情の作り方が似てくるのだろう。
「五年前、ダフニスの術者軍団がこの国で何をしでかしたのか、もう忘れちまったってわけか」
 レトはポツリとそう呟いた。ふたりの先輩たちに聞かせるつもりではなかった。
 地元の人間であれば、あのときのアートハルク侵攻の恐怖は忘れない。アートハルクの術者軍団の攻撃と思われる爆発で崩れ行く校舎の前で、セテはレトをかばい負傷したのだ。ダンカンやジャドウィックとて地元の大学生だった頃だ。
「ま、俺たちはそういう連中も含めた人々を守るのが仕事だ、余計なことを考えてる暇はないぞ。さて、そろそろ撤収しようぜ」
 そう言って、ジャドウィックは同期や後輩連中に撤収を告げた。一同は分担しながら、工具や塗料だのを準備作業用に割り当てられた台車に載せていく。そこへ、先ほどの広報官や記者たちの一行が近付いてくるのが見えたので、ダンカンはわざと気付かないふりをして背を向けていたのだったが。
「オルブライト、ちょっといいか」
 背後から声を掛けられ、ダンカンはそれを見ていたレトに思い切りしかめ面をして見せた。途端にレトが噴き出すのだが、広報官に振り返るときにはもう真面目な顔に戻しているので、ダンカン・オルブライトという男はなかなか侮れない。
「なんでしょう、クーリィ広報官」
 ダンカンは自分を呼びつけた広報官に会釈しながら返す。
「さっき広報室前の廊下で会っただろう、こちらは地元の新聞社の記者の皆さんだ」
 クーリィ広報官は満面の笑みで後ろの記者たちを振り返り、ダンカンを紹介する。
「準備期間含めて取材していただくことになっている。屋台の段取りなどで忙しないだろうが、どんな店が出るのかなど、少し説明をしてもらえないかね」
「分かりました。初めまして。わたくしは今回の展示物関連の実行委員をしているオルブライトです。密着取材については広報部から伺っています」
 ダンカンが礼儀正しい騎士らしく記者たちに敬礼をした。
「記者の方々には四日目に予定されている体験行軍に同行いただくことになったのだが、それも含めてご案内を」
「ええ、スナイプス統括隊長から承っています」
 そう言いながらも、わずかにダンカンの眉間のしわが深くなる。またひとつ気苦労が増えたことへの苛立ちであるが、努めて平静を装う食えない実行委員である。
「まずはここの施設についてご説明いたします。クーリィ広報官からご説明申し上げたとおりですが、この広場では現在、騎士たちによる露天の自作屋台を制作しているところです。通常はさまざまな機材を格納しておく場所ですが、今回の催し物の制作をするにあたり……」
 そうやって饒舌にダンカンが説明しているのをよそに、レトやジャドウィックたちはそそくさと現場を片付け、撤収の準備を進める。片付けの合間にレトが小声でジャドウィックに尋ねた。
「なんです? 体験行軍って」
「ああ、あれな。面倒なのがまた降ってきたってんで、ダンカンのヤツ、大荒れだったんだぞ。なんでも俺たちの小隊の行軍に一般市民が参加するんだと」
「ええッ!? 聞いてないッス」
「当然だ。一部の騎士が招集された特別編成の小隊だからな。お前たちに御鉢が回って来なかったのは幸いだが、俺とトスキの奴とダンカンが参加することになってる」
「ああ、それでダンカン先輩、あんなしょっぱい顔してるのか」
 レトはこっそり後ろを振り返り、表情を変えることなく説明し続ける、外面だけは紳士的な先輩剣士の横顔を眺めた。
「まぁひどい話だぜ。装備や行軍中の各騎士の役割などを間近で見てもらおうとかいう趣旨で開催されるんで、模擬とはいえ装備はガチ。ただ、行程は通常の遠征とは比べ物にならないほど楽だけどな。十キロとか言ってたか。だから散策のつもりで参加する市民も多いみたいだ。ある学校が課外学習のひとつとして参加を表明しているとかで、子どもたちが二十人ほど楽しみにしているとは聞いていたが」
「うへぇ……子守みたいなモンじゃないスかソレ」
「そ。それにも記者が着いてくるって言ってるし、そんななかで子どもたちに何かあっちゃまずいし、とにかく自然散策の遠足と行軍は違うってんで、ずいぶんダンカンも抗議はしたようだがな」
「子守と記者の面倒、二重で面倒ごとを背負い込んだんじゃ、そりゃあの人の眉間のしわが深くなるわけだわ」
 荷物を両手に持ちながらではあったが、レトは同情を示すように肩をすくめた。
「トスキの間抜け野郎は楽しみにしてるらしいけどな。あいつ、ピクニックと勘違いしてるぞ、絶対」
 レトは苦笑した。セテは行軍中にくだらない話をしてわざと仲間たちを笑わせ、上官に叱り飛ばさせるというタチの悪いいたずらをよくするのだが、本人的には「行軍を楽しくする仕事術」とか自画自賛しているので、行軍も屁ではないのだろう。が、今回のように一般市民が参加するとなるとそのいたずらはどうなるのか。子どもが楽しめるような話をするのであればよいのだが、何しろ記者が同行しているのだ、下手な話をして「騎士団の品位は最悪」などという印象を持たれても困る。
 なんとなく該当しそうな場面が目に浮かんだふたりは、揃ってため息をついた。
「ようジャドウィック」
 道具類の片付けが終わったところで、ジャドウィックのひとつ期が上の騎士が彼に声を掛けてきた。ジャドウィックはいつも通路で会った同期や先輩、後輩にひっきりなしに呼び止められている印象があると、レトは常々思っていた。彼の人当たりの良さがそうさせているのは誰の目にも明らかだった。風俗店出撃の誘いが多いのは玉に瑕ではあるが。
「お前んとこの店、トスキが調理担当だって?」
 先輩騎士がそう尋ねると、
「ええ。トスキとソレンセンのふたりに任せたんです。大食漢の騎士も大満足、スナイプスも納得の特製〈男のハンバーガー〉ってやつを出しますよ」
 もちろんスナイプスが納得などはしていない、勝手な売り文句である。
「聞いてる。それで悪いんだけどよ」
 先輩騎士は小さなメモをジャドウィックに差し出した。
「同期や後輩たちに頼まれちゃって。あいつらトスキの料理、すんげえ楽しみにしてるんだよ。ちゃんと金は払うから当日、こいつらの分も取り置きしておいてくれないか」
 見れば先輩後輩入り乱れての騎士の名前がズラリと書いてあり、横に所望する個数が書いてある。ちゃっかりこの先輩騎士も名を連ねており、ひとりで二個も注文している者もいるために、全部で三十人前は軽く達成するほどの予約注文リストができあがっていた。
 もちろんジャドウィックは快諾し、先輩騎士が立ち去るのを見送った。義務を果たした先輩騎士はずいぶんうれしそうに戻っていったのだが、それにしてもこれほど屋台が注目されているのは意外なことである。
「すごいッスね。セテの料理の腕前、そんなに知られてるんですか?」
 レトは当日の売上に積み上げられることになった予約注文に目を輝かせた。前評判がこれほどとは、当日の売上も期待できそうだ。
「まぁ俺が多少おおげさに吹いて回ったのはあるが……」
 ジャドウィックが鼻の先をポリポリとかきながら言葉を濁す。
「それとは別の要因というか……」
「は?」
「いやホント、あいつ期待を裏切らないよなぁー……」
 ニヤニヤしながらジャドウィックが思わせぶりなことを言う。レトはそこに不穏な空気を読み取ったのだが。
「トスキには内緒だぞソレンセン」
 レトを引き寄せて小声で耳打ちする。
「セテ・トスキ親衛隊みたいなのがあるんだよ。察してくれ」
「ああー……そーいう……はは……は……」
 気持ちのまったくこもっていない乾いた笑いがレトの口元からこぼれた。そういう意味では、確かにセテはジャドウィックの期待を裏切ることはないだろう。
 中央特務執行庁から出向させられたということで、ただでさえ最初から注目の的だった。どんなイヤな奴が来るのかとみな興味津々だったが、やって来たのは金髪で青い目という深窓のお坊ちゃんみたいな青年だ。金髪はアジェンタス地方にはほとんどいない、とても目立つ髪の色のひとつである。
 当人もここに来た当初は左遷にピリピリ、イライラしていた様子だったし、心ない先輩騎士たちに男娼呼ばわりされて危うく刃傷沙汰、すんでのところでスナイプスにドヤされ、事なきを得たという事件もあったか。
 スナイプスの地獄のしごきの指名を受けたことで腕を上げるようになったが、セテがスナイプスにひいきされているなどと言ってやっかむ連中も少なくはない。しかし、実際にセテの剣技を見た者は二度と彼の噂話をしてあざ笑うことはなくなった。あの細身の異国風の剣を振るうセテは、同性から見ても本当に格好いいのだ。
 彼自身が地元のヴァランタイン出身ということもあって、そのうちに周囲に馴染むようになったが、ジャドウィックなどとつるむようになってからは、まるで最初からアジェンタス騎士団にいた人間のような嵌まりっぷりでもあった。よく笑うようになった彼が、目を引かないわけがない。
 要するに目立つのだ。
 まぁ、セテはかなりの美形の部類に入るだろう。口の悪い美青年だ。なのに本人にそういう自覚がなく、気取ることもなく汚い口調で態度のでかさを通しているのが、どうも一部の日照り続きの連中に「愛い」とか「萌え」とかいう気持ちを持たせるようだ。
「親衛隊とか……末期症状だろソレ……」
 レトは、アジェンタスに戻ってきてもやはり同性にしか好かれない哀れな親友の、今後の益々の発展を祈らずにはいられなかった。

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