Home > 小説『神々の黄昏』 > 第一章:黒き悪夢の呪縛
かの聖騎士の始祖レオンハルトが建国に携わった最初の国家であり、エルメネス大陸でもっとも豊かでもっとも美しいとされるロクラン王国。中央諸世界連合の中でも屈指の術者を生み出すことで知られるラインハット寺院に、大やけどを負った少女が運び込まれた。彼女の名はサーシェス。美しい銀髪とグリーンの瞳を持つこの少女は、自分の名前以外のすべての記憶を失っていた。そんな彼女を、ラインハット寺院大僧正リムトダールは、手元に置くことにするのだが……。
一方、アジェンタス山脈への冒険から10年。ロクラン王立中央騎士大学で剣士になるべく励むセテ。剣の腕は確かなのだが、術法がまったく身に付いていないために聖騎士になるための受験資格を与えられていない彼は、いまだ色あせない10年前の記憶とともに、聖騎士レオンハルトへの思慕を忘れることができない。
ラインハット寺院に全身に火傷を負った、記憶喪失の少女が運び込まれた。大僧正リムトダールは、彼女を手元に置くことを決意する。いっぽう、大学生となったセテはロクラン王立中央騎士大学で剣士の修行を積んでいるが、居酒屋で喧嘩をふっかけられ……。
大僧正の片腕でもあり、いまや次期大僧正と目されている盲目の修行僧フライス。女嫌いとも言われる彼だが、記憶のないサーシェスに目をかけてしまうことに彼自身驚いてもいた。彼はサーシェスの教育係となるがある日、講義の時間になっても彼女は現れず……。
セテが聖騎士レイザークに負けた噂は、翌日にはすっかり大学に広まっていた。珍しく落ち込み、レトに泣きつくセテ。そんな彼を不憫に思ったレトは口から出任せにレイザークの居場所を知っていると伝え、セテは挽回のチャンスに大学を飛び出していく。
大僧正を訪ねてラインハット寺院を訪れた大男がいた。聖騎士レイザークであった。親しげに会話をする彼らの言葉の中に出てきたレオンハルトという聖騎士に、サーシェスは懐かしさを感じていた。やがて大僧正の口からかの伝説の聖騎士の思い出が語られる。
セテはロクラン王立博物館に久しぶりに出向いて、レオンハルトが持っていたという聖剣エクスカリバーのレプリカを食い入るように見つめていた。そのとき、隣で自分と同じようにエクスカリバーを見つめる少女が。まさか自分の隣に救世主が立っているなんて!?
サーシェスが騎士大学の青年について剣の稽古を始めたことで、フライスは動揺を隠しきれない。それを嫉妬だと気付いたときには、フライスとサーシェスの距離はずいぶん遠ざかってしまっていた。小国が中央から離反したという知らせもあり、不穏な空気が漂う。
フライスについて貧民窟を訪れたサーシェスは、そこで見た貧しい人々の生活に自らの傲慢さを省みる。その帰り道、フライスに術比べを挑む術者が。そこでサーシェスは初めてフライスが攻撃術法をふるうのを目にするのだが、セテもその場に偶然居合わせていた。
中央特務執行庁の試験にセテは見事な成績を修めて合格し、レトとサーシェスが祝福してくれることに。淡い緑色のドレスに身を包んだサーシェスに、セテの心臓は高鳴る。気を利かせてくれたレトが帰った後、セテは彼女に自分の思いを打ち明ける決心をする。
セテが斬りつけたのはロクラン王家にゆかりの深いハイ・ファミリーの坊ちゃん、しかもワルトハイム将軍の甥だった。セテはアジェンタス騎士団に出向させられることに。すべては自分のせいと自らを責めるサーシェス。そこへマール少年が気遣いにやってくる。
炎の中からサーシェスを救出することに成功したフライスであったが、マール少年を助けることはできなかった。それすらも自分のせいだと泣くサーシェスを、フライスは優しく抱きしめる。フライスはサーシェスを愛していたことに気付き、想いを打ち明けた。
アジェンタスに戻ったセテを待っていたのは、一足先にアジェンタス騎士団に決まったレトだった。久しぶりに実家で母とレトの三人で食事を楽しむセテだったが、騎士団員としての生活に不安を隠せない。そしてサーシェスも術者になるための講義を受けていた。
アジェンタス騎士団に幼なじみたちがいてセテは一安心だった。だが、鬼の統括隊長と悪名高いスナイプスに目を付けられ、前途多難の気配が。そこへ集団自殺の知らせが入り、新入りのセテたちもかり出されることになった。いきなりの初任務に隊長の激が飛ぶ。
喧嘩騒ぎのおかげで、夕食後にスナイプスのしごきを受けるはめになったセテ。セテには、みながいうほど隊長がいやなヤツだとは思えなかった。そこへ出動命令が。先日の集団自殺した宗教集団とおぼしき連中が、また古い寺院に立てこもっているとのことだが。
娘の話し相手にと、ロクラン王アンドレ・ルパートはサーシェスを召すべくラインハット寺院へ使いを出した。めかし込まされて馬車に乗ったサーシェスは迷惑千万とふくれるが、待っていた青い目の美しい姫君を一目見て怒りもどこかへ吹き飛んでしまっていた。
アートハルクの残党に気を付けろ。王の顧問会議で出たその言葉を一同は一笑に付したのだが、大僧正には心当たりがあった。いっぽうアスターシャ王女の悪巧みで防空壕に閉じこめられたサーシェスは、様子を見に戻ってきた姫と取っ組み合いをすることに。
サーシェスはアスターシャを引き連れて脱出すべく、地下の大迷宮をさまようことになった。歩けば骨折の痛みが響くが、借りてきた猫のようにおとなしくなり、おびえ、絶望するアスターシャを見て、サーシェスは彼女がそれほど悪い娘ではないと思い始めていた。
サーシェスからの長い手紙を読んだ後、セテは彼女からもらった救世主の護符を首にかけ、警邏に出る。胸にあたる護符の感触と10年前の浮遊大陸での思い出を胸に抱きながら。そのとき、セテは尋常でない殺気を感じ、侵入者の気配を確信して剣を握りしめた。
掲示板のひとだかりをレトが覗き込むと、昇格者や転属者が張り出されていた。そこにはセテの名前が。セテは昇格だけでなく、スナイプス直下の部隊に転属となっていた。周囲からはひいきだという声もあったが……だがレトも、素直に喜ぶことはできなかった。
繁華街アルダスで連続殺人鬼の報告が入った。セテはスナイプスの指揮で出動することになったのだが、右手のひらの傷がうずき、いやな予感がしていた。行ってはいけない、そんな声が頭の中で鳴り響いていた。そして現場に到着した彼を待っていたのは……。
ガラハドに血の復讐を願い出たセテだったが、ラファエラの指示により、セテは再び中央特使に返り咲くことになった。待機するしかないことに苛立ちを募らせるセテは、17年前に起こった今回によく似た事件のファイルを見るように言われ、資料室に向かう。
いつものように悪夢で目覚めたサーシェスは、アスターシャと出かける約束をしていた。汎大陸戦争終結とロクランの建国二百年を祝う二百年祭の催し物が街で行われるのだが、夢見の悪さでどうにも気が乗らない。自分は狂い始めているのではと不安になるのだ。
再びアルダスを訪れたセテは、耐え難い吐き気に苛まれていた。戦いの傷跡を残す現場に到着すると、それはさらにひどくなる。隠された魔法陣を見て、コルネリオの罠がはじめから仕掛けられたものだと確信したスナイプスとセテは、コルネリオの招待に乗り……。
三度相まみえることとなった赤毛の少女は、これまでとは比べるべくもない凶悪な表情で血塗れのまま笑う。彼女の術法と、接触するたびに精気を吸い取るような恐るべき魔剣に、なすすべもなく逃げ回るセテとスナイプス。だが突然少女は膝をつき、苦しみだした。
総督府周辺に戒厳令が出され、付近の住民はすべて避難した。セテたち特使は殺人鬼の少女を誘い出す作戦を遂行すべく出動した。セテと少女剣士の追いかけっこが始まるが、その後の作戦司令室に入ってきたのは、セテがコルネリオに掴まったという報告だった。
赤い月が顔を出す鬼の河原。モンスター討伐で負傷したセテが目を覚ますと、目の前には死んだはずの親友レトが!? 悪夢の続きか、それともこれまでがすべて夢だったのか。セテはとまどいながらも親友のいつもの気遣いに感謝し、体を休めることにしたが……。
コルネリオの邪悪な術からセテを救ったのは、赤毛の少女剣士だった。改めて彼女と向き合い、話をすることにしたセテは、彼女がコルネリオの呪縛から逃れられない理由を知る。少しだけ少女との距離が縮まったと思った矢先、封鎖で増水した水がふたりを襲う。
アジェンタスを難攻不落にしていた最大の護り、霊子力炉の存在が明らかになった。台座の女性はコルネリオの攻撃をはじき返し、総督府を護る。だが術法を放った瞬間に、女性の腕が中空に消えた。その護りとは、肉体の力を消費する諸刃の剣にそのものであった。
セテとスナイプスは先にコルネリオのアジトに潜入し、中央の援軍を待って待機していた。セテはいいようのない怒りと仇を討ちたい尚早でいらだっていた。そこへ攻撃術法が。セテとスナイプスは剣を抜き応戦、いよいよコルネリオ配下の術者との戦いが始まった。
悲劇と惨劇を経てすべての事件が片づいたが、コルネリオがセテに手渡した「神の黙示録」や、父親が生きているという老婆の発言、ガラハドの辞任など、気がかりはまだまだ多かった。セテはこれまでのことをすべて、サーシェスに話すべく手紙を書くことにした。
ロクラン建国二百年を祝う祭の前夜祭に、大僧正とフライス、そしてアスターシャの友人であるサーシェスはロクラン王宮に招かれた。フライスの態度に怒り続けるサーシェス。自分はフライスの恋人なのかわからない自信のなさからくる態度ではあるのだが……。
二百年祭の最初の式典は、ロクランの豊饒を祈る水の巫女の交代である。先日パレードで見かけた黒髪の女性が壇上に進み出、大僧正の祝福を受けているが、サーシェスは彼女から感じる禍々しい雰囲気が気になって仕方ない。そのとき、大僧正の詠唱が止んだ。
火焔帝ガートルードの術に囚われたフライスとサーシェス。心配ないとサーシェスを安心させるフライスだが、闇の中に現れた光景に心を奪われる。それはまぎれもない自分の過去。取り返しのつかない過ちを犯した彼の、誰にも知られたくない悲しい過去であった。
火焔帝の秘密を探るために特使に連行されるサーシェス。彼女の記憶は戻るのか。いっぽう休暇を利用してレイザークを探すためアジェンタスを離れるセテは、旅立ちの前にピアージュの元を訪れる。不穏な予感をはらんだまま、ふたりの運命の輪は回り始める。
オリジナルSFファンタジー小説『神々の黄昏』の「第一章:黒き悪夢の呪縛《のろい》」あとがきです。